東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)55号 判決
一 原告の請求の原因及び主張の一ないし三は、当事者間に争いがない。
そこで本件審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかにつき、成立について争いのない甲第四号証(本件訂正明細書)を同第八号証(引用例公報)と対比して考えるに、審決が認定したのと同様、本件発明と引用例は、その目的、構成、効果を同じくするものであることが認められるから(目的につき、訂正明細書第一頁第四行ないし第一六行、引用例第一頁右欄第三一行ないし第二頁左欄第四行、構成につき、訂正明細書第一頁第一六行ないし第二頁第一七行、特許請求の範囲の項、引用例第二頁左欄第二四行ないし第二七行、同右欄第九行ないし第一三行、同右欄第二二行ないし第三頁左欄第一〇行、特許請求の範囲の項、効果につき、訂正明細書第一頁第一四行ないし第一六行、第二頁第四行ないし第七行、同第一五行ないし第一七行、同第二二行ないし第三頁末行、引用例第二頁左欄第二八行ないし第三二行及び同右欄第一三行ないし第一五行)、本件発明は特許法第三九条第一項の規定により特許を受けることができないとした審決は妥当と認められる。
二 原告は、本件審決の取消事由として、本件発明と引用例とでは基準となる半導体が異なるにもかかわらず、審決はこの点を看過していると主張し、本件発明における基準となる半導体は原告のいう真性半導体(不純物濃度がシリコンの場合cm3あたり1010程度のもの)であるのに対し、引用例における基準となる半導体は不純物濃度がシリコンの場合1016~1017cm-3程度であるといい、被告は右原告の主張を争つているのでこの点について判断する。
不純物を全く含まない、理論的な純粋値における半導体(摂氏二七度においてキヤリア濃度が、ゲルマニウムの場合cm3あたり2.4×1013、シリコンの場合同じく1.45×1010のもの)におけるキヤリア濃度と同程度のドナー不純物及びアクセプター不純物を含む半導体(真性半導体)が、理論的な純粋値における半導体とほぼ同じ特性を示すものであることについては、当事者間に争いがない。
本件訂正明細書第一頁第九行ないし第一六行には、「従来半導体装置を作る際一導電領域を得るのに一種類の不純物をドープしていた。しかし、半導体と不純物とは原子半径が異るので、格子定数の変化をきたし、内部にヒズミを生じ、更には格子欠陥を作つて特性を悪化させていた。しかるに本発明の方法によれば格子定数の変化を少なくすることができるので上記の欠点を解決することが出来る。」と記載されていることを認めることができる。右記載によれば、そこでいう半導体は、それと異なる原子半径を有する不純物を添加(ドープ)されることによつて、格子定数の変化をきたし、内部に歪を生ずるものであるから、不純物添加以前の半導体、すなわち基準となる半導体は、既に不純物を含んでいて原子半径の相違により内部に歪を生じているものではない半導体、すなわち理論的な純粋値における半導体とほぼ同じ特性を示すもの、原告のいう真性半導体でなければならない。
更にまた訂正明細書第一頁第一六行ないし第二頁第七行には、本件発明の具体例として、「半導体としてゲルマニウムを用いた場合についてのべるとゲルマニウムの原子半径は一、三九二Åである。N型領域を作るのに、例えば、アンチモンSbを用いると、アンチモンの原子半径は一、六一四Åであるためにゲルマニウムの格子定数は大きくなり、即ち格子がのびて格子欠陥が生ずる。しかしこれに更にN型の不純物、燐Pをドープすると、燐の原子半径は一、〇八Åで、ゲルマニウムより小さいので、燐だけでは格子が縮んでやはり格子欠陥が生ずるが、アンチモンと燐の両方を適当量ずつドープすると上記の二つの効果が重なつて格子定数の変化がほとんど起らない程少なくすることが出来る。従つて、格子欠陥を極めて少なくすることが出来る。」と記載されており、この記載によれば、基準となる半導体として原子半径一、三九二のÅゲルマニウムすなわち真性半導体が示されているということができる。
ところで、引用例における基準となる半導体については、原告の主張するように不純物濃度1016ないし1017cm-3の半導体が基準となる旨の記載個所がある(第二頁第三五行ないし第四四行)ことは認められるが、右は引用例発明の一具体例にすぎず、引用例公報の全体をみても引用例発明における基準となる半導体が右のものに限られる旨の記載はないし、またその示唆もない。反つて引用例公報添付図面第三図を発明の詳細な説明の項におけるその説明(第二頁左欄第二八行ないし第三二行「第三図の上部において、結晶体は、原子群が大きな原子半径を有する部分を示している部分13および原子半径がより小さい部分を示している部分14とに大および小原子群の正しい割合の拡散を呈して居る。」)並びに添付第一図及びその説明(第二頁第八行ないし第一一行「第一図に関して説明すれば、平面に沿う原子配列を示した。これらの原子は、結晶があまねく統一格子定数を有する完全なる結晶であることを示すごとく等間隔配置にて示されている。」)と照し合わせてみれば、右第三図の下部に示されたものは真性半導体であり、右図面は、その半導体に、その半導体の原子半径と異なる(大及び小)原子半径を有する不純物が添加された状態を示していることが認められる。しかして引用例発明の要旨は、審決が認定したその特許請求の範囲に記載されたとおりのものであつて、低不純物濃度領域と高不純物濃度領域の少なくとも二個の領域を有する半導体装置において、平均原子半径を合わせる基準となる半導体物質は低不純物濃度領域を構成する半導体物質であるところ、第三図の下部に示された真性半導体で構成される領域は右の低不純物濃度領域であるといえる(原告のいう真性半導体であつても不純物は存在する)から、右第三図に示されているものも引用例発明の実施例であるということができ、従つて引用例は真性半導体を基準となる半導体とすることを含んでいるものということができる。
右のとおりであるから、原告のこの点に関する主張は理由がない。
三 原告は、本件発明はその作用効果において引用例とは格段に異なると主張する。
しかしながら、本件発明と引用例はその構成が同一であることは前認定のとおりであるから、その作用効果においても実質的な差異はないものと認められる。引用例も本件発明と同様、不純物をドープされる半導体が、ドープされることによつて格子定数が変化することがないようにし、それにより内部歪ないし転位などの格子欠陥の発生による電気的特性の悪化を防止できるようにしたものであることは、引用例公報第一頁左欄第三〇行ないし第三二行、同右欄第一九行ないし第三三行、添付図面第三図の記載等から優にこれを認めることができるところである。
原告は、引用例は異なる不純物濃度を有する少なくとも二つの領域を対象とし、相対的に低不純物濃度領域の格子定数に他の領域の格子定数を合わせようとするものであつて、格子定数の基準は真性半導体のものではなく、しかも目的が二領域の格子定数の一致であるため、二領域の境界近傍の転位等欠陥の発生を抑えるにすぎないと主張する。しかしながら引用例においても基準となる格子定数は真性半導体のそれをも含むものであることは前説明のとおりであり、そうすると引用例の目的が二領域の格子定数の一致であるとしても、引用例のものは二領域の境界近傍の転位等欠陥の発生を押えるにすぎないものということはできない。原告の主張は理由がない。
四 以上のとおり、本件発明は、引用例と同一であるから、特許法第三九条第一項の規定により特許を受けることができないとした審決には違法の点がなく、その取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを失当として棄却する。